先行投資のような気もしてきた

なんか元締め様が第二弾とか寝言言ってるし……
でももう十分第二弾分だよねこれ。きっと。



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「昨日は一冊も読まなかったんですよ」
「ごめんよく聞こえなかったんだけど」


 何を言ってるんだこいつは、という顔をしている先輩に、もう一度繰り返す。


「だから、昨日は一冊も読まなかったんですって」
「えっと……それ、あんまり面白くないよ?」


 いやジョークでもなんでもないんですけど。ごくごく普通に、物語を摂取しない一日でした、っていうだけの話です。


「ははは、嘘が下手だなあ」
「時々ひとの話聞かないですよね、先輩」


 聞いた上で流すのはよくありますけどね、きちくさん。


「……え、ホントに?」
「……ホントに」


 あの、なんか明後日の方を見ながらフリーズしちゃってますけど大丈夫です?
 そしてしばしの沈黙の後、重々しく頷いた先輩は言った。


「よし、病院に行こう」
「どうしてそうなった!」
「こういう場合はどこに行けばいいのかな。脳外科?」
「そこはせめて心療内科って言って下さいよ!」


 そもそも病気でもなんでもないですけどね。まったく失礼な。


「いやだってさ、物語食べて生きてるって評判の君が……」
「そんな評判どこで聞いたんですか」
「僕調べ。聞いたのは」
「それ絶対なんか調査範囲偏ってます。間違いない」


 聞くまでもない。だいたい、小市民を地でいく僕のことなんて、知ってる人はほとんどいません。


「いやいや、新聞部で長期連載中の大先生が何を」
「あれは匿名だからどこの誰ともわからない誰かです」
「へー、ふーん。じゃあどっかで見たことあるような登場人物なのも気のせいなんだ」
「気・の・せ・い・で・す」


 あーもう、その話題からは離れましょうよ。なんかこうむずむずするし!


「ちぇっ……で、なんだっけ。君が病気だって話だっけ?」
「違うって言ってるじゃないですか!」


 ホントにこの人は……まあ、半分はわざとなんでしょうけど。余計なお世話っていうかなんていうか。もう。


「先輩はないんですか? そういうこと」
「そういうって?」
「だから、今日は読まなくても大丈夫だって思うこと、です」


 飽きたわけでも、疲れたわけでもなくて。


「なんなんでしょうね、あれ。全然イヤな気分じゃないっていうか、むしろ逆なのかな」


 わけもなく満たされた気がして、新しい物語がなくても大丈夫だと感じられる、そんな瞬間……なんだけど、うまく説明出来なくてもどかしい。


「そっか。ごめん、僕にはちょっとよくわからないんだけど」


 そんな僕の様子に気がついているのかいないのか、そう断ってから。


「なんかいいなあ、そういうの」


 先輩は少しだけ眩しそうに微笑んだ。
 ……リアクションに困るなあ、そういう反応。もうちょっと、ほら、笑い飛ばすとかなんとかして下さいよ。


「えー、いいじゃん別に。素直に思ったこと言っただけなんだけど?」
「……まあ、いいですけど」


 うぅ、なんか語尾がごにょごにょと歯切れ悪くなってしまう。ありがとう、とか言うべきなんだろうけど、なんか。なんか、さあ。


「でさ」


 そんなこんなで、なんだか微妙な感じになってきた空気を、先輩の方から変えてくれるのはとてもありがたい。なんですか?、とその流れに乗ろうとしたら。


「反動で今日はたくさん読むんだよね? あれでしょ、十冊とか軽くいっちゃうんだよね」
「そんなわけないだろ!」


 ……はあ、まったく。どうしてこの人はこうなんだろうなあ。四六時中マジメなこと言われてもそれはそれで困るけど、もうちょっとなんとかならないもんなのかな。
 ああいえ、わかってるんですよ。だから先輩は先輩なんだって。それでもあと少しくらい、格好良い……でもないな、ええと優しい……も違うし、うん、そう、まともな人になってもらえたら、僕としてはとても嬉しいんですけど。
 そこら辺どうなんでしょうか。
 ねえ、先輩?



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「え? 本しか食べないんでしょ? だからあの細さなのよ絶対」
「細いと言うより薄い」
「ああ、そうだよね。どうなってんのかなあアレ。うらやましいようなそうじゃないような」
「わたしも本食べてみようかなあ」
「やめときなさい」
「オススメしない」
「やめなさい」
「え? え?」


外野は今日も平和です。