校正も終わったのに

編集長様からひとまずOKいただいたので、完全にやるべきことは終了。
……なのになんでまだ書いてるわけ?
どういうことなの?



                                                                                    • -


「もう、寄ってこないで下さいよ先輩。暑いんだから……」
「そこが一番風が通るんだよ。君がどけばいいじゃない」
「いーやーでーす」


 ぶつくさ言いながら、読みさしの本を片手に少しでも涼しい場所をとポジショニングを牽制し合う先輩と僕。この無駄に暑い中何やってるんだろう、とは思うんだけど、これは全部先輩が悪い。


「だから、夏休みに図書館行くつもりなら、早い時間からじゃないとダメだって言ったんです」
「あそこまでとは思わなかったんだよ。宿題なんて家でやればいいのに」


 そう、涼しく静かに本が読める場所、と言われて誰もが思い浮かべる図書館だけど、夏休みともなれば大盛況になるのは当然の話。ついでに近隣にはそこ一つしかないとくれば、あとはもう言わずもがな。隅っこの方に立ったままでもいいから居座る手もあったけど、先輩の『疲れるからやだ』というありがたいお言葉で、にぎやかな図書館からは撤退することになったのでした。


「で、クーラーがあるっていうから先輩の部屋に来たんですけど」
「……だからあるよね、クーラー」


 汗ばむ額をぬぐいつつ、空いた手で先輩が示した先には確かにクーラーがある。
 文明の利器。
 猛暑に立ち向かうための強い味方。
 ——本来は、そう呼ばれるべきもの、なんだけど。


「リモコンなくしたとかバカじゃないんですか」
「うるさいな部屋の中にはあるんだよ! たぶん!」
「そこは絶対って言って下さいよ」


 そう、なのだ。
 どんな素敵な機械も、スイッチが入らなければただのガラクタ。本体のスイッチはなんだか壊れていて使えない、というそれどうなんですか的なメンテナンス状態もあいまって、結局室内はうだるような暑さ、なんてあまり笑えない話。まったく。
 加えて、部屋のそこかしこに乱立する積読タワーが、追い打ちをかけるように風通しを悪くしてくれて、なんかもう居住空間としてのレベルがどんぞこ風味。ある意味尊敬です。


「これなら扇風機しかないウチの方がマシじゃないですか」
「なにさ、だったら帰れば?」


 僕はここで十分だもんね、なんて変なひねくれっぷりを存分に発揮してくれちゃう先輩。本当において帰ってやろうか、と一瞬考えはしたけど、それで倒れられたりしても困るし。見た目以上に体力ないからなあ、この人。


「いいですよ、別にお付き合いします」
「無理しなくてもいいって言ってるじゃん」


 無理してるのはどっちなんですかね、まったく。くだらないこと言ってないで読む方に戻りましょうよ。さもないと——


『すみませーん、お届け物でーす!』


 ほら、やっぱり。


「……先輩、いつもの宅配便の人ですよ」
「君が出てよ。暑くて動きたくない」
「はいはい。ああ、後でついでに冷たいお茶でも持ってきますから、そこでおとなしく待ってて下さいね」
「ありがと……」


 まずは荷物を受け取って——どうせ新刊に決まってる——それから氷に麦茶、とごくごく自然に段取りを考えてる自分がいて、ちょっと困る。うーん、ひとの部屋にお邪魔してるんだよね、僕。なんか段々勝手知ったる感じになってきちゃってるんだけど……うわ、なんかすごくダメな気がしてきた。


「はーい、今開けまーす」


 そんな、考えたら負けだよねこれ、って感じのことを頭の隅っこに無理矢理押し込めつつ、今日も笑顔で受け取り印を捺す僕がいるのでした。めでたくもなし、めでたくもなし。