Faraway

 ——歌声が、聴こえる。
 だから最後にもう一度だけ振り返って、今の私に出来る最高の笑顔で大きく、大きく手を振った。
 見渡す限りの光の海が、にじんだ視界で9色の虹に変わる。
 この光景を絶対に忘れない、忘れたくない、そう、思った。



「ついにこの日が来たわね」
 舞台袖から客席をのぞき込みながら、感極まった、みたいな顔でにこちゃんがしみじみと呟いてる。
「世界はにこの前にひれ伏すのよ!」
「えっと、にこちゃん? 何するつもりなの……?」
 なんだか物凄い気合の入れ方に、花陽ちゃんは怯えちゃってるみたいだけど……いいのかな。
「気にしちゃダメよ、花陽。にこちゃんは……ええと、ほら、にこちゃんだから」
「真姫ちゃん、それってフォローになってないと思うんだけど」
「いいのよ、別に」
 うーん、そうかなあ。っていうか、にこちゃんがすごい顔してこっち睨んでるよ、真姫ちゃん。
「仕方ないよ、にこちゃんだって緊張してるんだにゃー」
「はあ!? どうしてこのにこちゃんがそんな」
「あれれ? さっきあっちで『私はかわいい私はかわいい』って呪文みたいにぶつぶつ言ってたよね?」
「あーあーあー! 何の話かなー! にこさっぱりわっかんなーい」
「ほらね。だから花陽、あなたもそんなガチガチにならなくても、あれくらいでいいのよ」
「そ、そうかなあ……」
「あれとか言うんじゃなーい!!」
「まあまあ、それくらいにしとき?」
 地団駄を踏むにこちゃんをなだめる希ちゃん、こっちは普段通り落ち着いていて、さすがだなあ。
「にこっちは、みんなよりちょっとだけ長くがんばってきたんやし、な。思い入れもいろいろあるんよね」
「……別に、そういうわけじゃないわよ。にこ独りじゃここまで来られなかったんだし」
「ふふ、にこも希には頭が上がらないわね。まあ、私もだけど」
「あれ? 私はみんなに優しくしてるつもりやのに」
「凜は、時々希ちゃんが怖いかも……」
「ふっふっふ、ワシワシされたい娘が居るみたいやなあ」
「なんでも、なんでもないにゃー!」
 そんなやりとりに、もう、と苦笑いの絵里ちゃん。
「ほどほどに、ね。そういえば希、今日はカードのお告げはないの?」
「うん? ああ、いつものあれな」
 ええとな、と言葉を探すようにしてから続ける。
「ウチもな、カードに頼らんと、自分の目で見たいことっていうのがあるんよ」
 今日はみんなの晴れ舞台やしな、と。そう言って希ちゃんは微笑んだ。
 自分の目で見たいこと、か。
 うん、そうかも。今からどうなるかなんて、教えてもらっても全然ぴんとこないだろうし、何より私は今、このステージをすごくすごく楽しみにしてる。だったら、何もわからなくたって、全力でぶつかってみたい、そう思う。
「まったく、本番前とは思えないにぎやかさですね」
 準備に手間取ってしまって、と言いながら、最後にやってきたのは海未ちゃんとことりちゃん。これで全員集合、だ。
「あはは、でもいいんじゃないかな、海未ちゃん。私たちらしくて」
「そうかもしれませんが……穂乃果はどう思います?」
 どう思う、か。
 どうかな、私は今、どんなふうに感じてるんだろう。
「……」
「穂乃果?」
「ええとね、ことりちゃん、海未ちゃん」
 まとまりそうでまとまらない、そんな思いをとにかく口にしてみる。
「すごいよね。私たち、こんなところまで来たんだね」
 それはきっと、夢にも見ていなかった場所で。
「3人で初めて、いろんなことがあって、みんなに会えて」
 泣いて笑ってつまずいて、それでもここまでやってこれて。
「これから、もっともっと先に進んでいけるんだよね。今の私には全然想像もつかないところへ」
 贅沢だって、そう笑われちゃうかもしれないけど。 
「そう思うとね——すごくわくわくするよ」
 うん、そう。
「大丈夫。私たちだったら、みんなと一緒だったら、きっとどこだって行けるよ」
 それが私の、高坂穂乃果の素直な今の気持ち。
「あれ? どうしたのみんな、変な顔して」
「いえ、穂乃果は穂乃果だと、そう思っただけです」
「そうだね。やっぱり穂乃果ちゃんはこうじゃないと、ね」
「ええと、なんか呆れられてる……?」
「そ、そんなことないよ。花陽もそういうの、いいなって思うし」
「そういうあなただから、みんな一緒にいたいと思うのよ、穂乃果」
「そうやね、穂乃果ちゃんにはカードのお告げなんか必要ないんかもな」
「凜もなんだかわくわくしてきたにゃー!」
「まったく、脳天気なんだかそうじゃないんだか。あーあ、にこもまだまだ修行が足りないのかしら」
「にこちゃんに足りないのは修行じゃないと思うけど、まあ、穂乃果はそれでいいんじゃない?」
 うう……なんだか喜んでいいのかどうか全然わかんないけど、みんな楽しそうだし、これいい……のかな。
 よし、そういうことにしておこう!
 それじゃ気を取り直して、と。
「いつものいくよ!」
 円陣を組んで、ぐるっとみんなの顔を見渡してから、うん、と一呼吸。
 それから。
「1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「行こう!」
 踏み出す先は、光の海。
 私たちμ'sと、応援してくれるみんなで作った、新しいステージ。
 今までにないくらいどきどきして、わくわくして、きっと大丈夫だって信じられる。
 一緒に走ってきた時間が、背中を支えてくれる。
 だから、絶対大丈夫。
 最高の瞬間のために——さあ、μ's Music Start!