Present For You

「おめでとう、希」
 ごめんね、これくらいしか用意出来なくて、とささやかな贈り物を手渡すと、彼女にしては珍しく、どこかはにかんだような笑みが返ってきた。
「こんなときやのにありがとな、えりち」
 こんなとき、か。
 その言葉に小さく溜息をつきそうになって、慌てて苦笑で誤魔化す。折角の誕生日なんだから、希にはあまり気を使って欲しくないのに、もう。
 廃校の危機に立ち向かう生徒会長——なんて言えたらいいのかもしれないけれど、現実はそんなに甘くはない。やるべきことは山のようにあって、出来る限り全力は尽くしているつもり。……だけど、掌で水をすくっているみたいに、気がつけば何もかもこぼれていってしまっているようで、正直、空回りしているんじゃないか、そんな怖さにずっと追い立てられている。
 ——それが一番よくない、なんて、本当は分かっているのに。
「それはそれ、これはこれ、でしょう?」
 うまく笑えているかしら、そんなことを考えながら紡いだ言葉は、けれど私の本心だ。
 それはそれ、これはこれ。
「学校だって大事だけど……」
 こんな私のそばに居てくれる、希、あなたが。
「……友達だって大事だもの」
「ありがとな」
 私の小さな葛藤なんて、きっとお見通しに違いない彼女が、今度は優しげな笑みとともに、もう一度その言葉を繰り返す。ありがとう、か。私にそんな言葉をかけてもらえる資格なんてあるんだろうか。
「ウチはちゃんと知っとるよ、えりちががんばっとること。今はまだあんまりうまくいってへんけど、」
「でもそれじゃダメなのよ」
 ……ああ、やってしまった。希を遮るようにして口をついてしまったのは、否定の言葉。ついさっき自分で大事だと言った友人に、掌を返すようなマネをしている自分が心底イヤになるけれど、あふれ出す思いは止まらない。
「どれだけ努力したって、結果が出せなければ意味なんてないわ。無駄な努力なんて、それこそ」
「はいはい、それくらいにしとき、な?」
「つっ……」
 ぴん、と軽く私の額を指で弾いて、仕方ないなあ、と苦笑する希。
「大丈夫やって。今はまだ、って言うたやろ? えりちが見てるんと同じものを見てくれる人はちゃんとおるし、分かってくれる人だっているんよ」
 だから、と。
 一つ呼吸を置いて続ける。
「えりちもな、そういう人らのこと、ちゃんと分かってあげてな。ウチからのお願い」
「……だって、そんな。私は」
「焦らんでええんよ。今はまだそのときやないし、そのときがくれば」
「……くれば?」
「とびっきりのプレゼントがあるんよ。ずっとがんばってたご褒美やな、きっと」
 茶化すようなそんな台詞に、どこか張り詰めていた空気がふっとどこかへ消えていく。こういう変な力の抜き具合がうまいのだ、彼女は。
「もう、何よそれ」
「ひ・み・つ。まあ、騙されたと思って待っててな。……それまで、いろいろとあるかもしれへんけど」
「分かったわ、他でもないあなたの言うことだし。それに、どうせ聞いても教えてくれないんでしょう? またカードのお告げだとかなんとかで」
「そやね……ウチに出来るのはそれくらいやからなあ」
 ぽつりと呟くように言った彼女の姿がどこか寂しそうで、しっかりしろ、と慌てて自分に活を入れる。どれだけ心配をかければ気が済むんだ、私は。
「もう、そんなふうに言わないでよ。希がいてくれてよかったって、いつも思ってるんだから。本当よ?」
「ふふ、ありがと。それじゃ、今日はこのあとずーっと付き合ってもらおっかな。息抜きも大事やし、ね」
「……そうね。折角の誕生日なんだし」
 ほないこか!、と笑顔で席を立つ彼女に続きながら、やっぱり敵わないなあ、そんな思いが素直に浮かぶ。
 ありがとう、希。




 ——そして。
 穂乃果たちとの衝突……ううん、違うわね。素直になれなかった私の、一方的なワガママ、か。
 あれだけのことをしてきた私に、それでも手を差し出してくれた彼女たち。
 その手を取る資格が自分にあるかどうか、なんて言うと、また怒られるのおね、ああもう、我ながらこういうネガティブな考え方はやめないと。ともかく、もう何も諦めないと決めたのだから、あとは一緒に走っていくしかないし、何より一緒に走っていきたいと、そう思っているのだ、わたし自身が。
 そうやって迎えた、私たちの——μ'sの初めてのステージを終えて、おさまらない動悸を胸に、今、私は彼女の前に立っている。
「希!」
 よほど思い詰めた表情をしていたのか、私の顔を一目見るなり小さく吹き出した彼女は、仕方ないなあ、と苦笑しつつ、言葉を続けた。
「楽しかったやろ? 好きなこと、やりたいことやるのって」
「ええ……楽しかった」
 その言葉だけで片付けてしまってはいけないのかもしれないけれど。
 それでも、間違いなく楽しかったと、そう言える。掛け値なしに。
「これが、そうなんでしょう? 前に言ってた、プレゼント、って」
 どうやろうなあ、そう肩をすくめる彼女だったけれど、私は確信していた。本当に、もったいないくらいのとびきりのプレゼントだ、と。
「ありがとう、希」
「別にウチから、ってわけやないけどな。お礼言うんやったら、穂乃果ちゃんたちの方がええと思うよ」
「それはそう、だけど。でも私は、希にだって、」
 ああ、もう。
 あふれてくる思いが言葉にならない。相変わらず動悸はおさまらないし、おまけに視界までぼやけて……って!
「やだ、私、なんで」
 自分で自分が制御出来ない。
 身体の奥が、熱くて。
「ええんよ」
「のぞ、み」
「言うたやろ、えりちががんばっとったのは、ウチが一番よく知ってる。ずっと見てたしな。だから」
 ——泣いたってええんよ。
 そっと抱きしめられ、耳元にかけられたその言葉に、涙があふれ出す。人前で泣くなんてみっともない、そんなことさえ思い浮かばないくらいに。
「ほらほら、誰も見とらんし、お姉さんの胸ならいくらでも貸したるよ。えりちの泣き顔なんて貴重やもん、他の誰にも見したないし、な」
「……もう、バカ。変なこと言わないでよ」
 口ではそう言ってみるけれど、彼女の胸にすがりついた格好じゃ、説得力なんてどこにもない。
「気が済むまで泣いたら、またいつものえりちに戻ってな。ウチの大事な、とーっても格好良い友達に」
「……うん。ありがとう」
 今度は素直に言えた、かな。
 ものすごく格好悪いところを見せてしまっているけれど、今だけ、今だけだから。
 これからまた、胸を張って、ちゃんと前を向いて走っていけるように。
 ——ありがとう、希。
 そして、みんな——