現実はそんな微笑ましくない

適当に何処でも好きなとこ泊まればいいじゃないですか!
あと結局今日のお昼はいったいなんだったんですか!
という私信。
ここでやるなよという私信。



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「こういうのよくわかんないんだけど」


 むすっとした顔で先輩が言った。なんで僕が怒られなきゃいけないのか、いまいちどころかちっとも釈然としないけど、まあ先輩は先輩だからしょうがない……って、これに慣れちゃってる自分はなんなんだろう。毒されてるなあ、気をつけないと。


「わかんないって、別にどこだっていいじゃないですか、適当に値段で決めたらどうです?」


 むう、と無駄に重苦しい表情が見つめるその先には、オンラインの宿泊予約サイト。なんでも、珍しく遠出をするから泊まる先を探してるらしいんだけど……多すぎてわかんないって、そりゃあなた。どうコメントしていいやらわりと困る。


「それだと場所がよくわかんないし」
「じゃあ駅から近いとことか。見える範囲ならいくらなんでも大丈夫ですよね」
「近いところは高い」
「ああ言えばこう言う!」


 無駄にワガママだなこの人。僕だったら適当にさくっと決めちゃうところなのに。ああ、きっとこの分だと、決めた後もチェックイン時刻でどうのこうの言うんだろうなあ。別に過ぎたって大抵どうにかなるのに。


「そりゃそっちは旅慣れてるからいいけどさ」
「いやあの、別にそういうわけでもないんですけど」
「——僕は初めてなのに」


 ……う。
 そ、そんな捨てられた子犬みたいな目をしたって騙されないんですからね! これはだいたいにおいていつも傲岸不遜で意地悪な先輩! 通称きちでる! おに! あくま! 悪霊退散!


「ふん。いいよ、僕が路頭に迷って寒空の下で凍えるのを君は笑って見てればいいんだ」


 寒空っていうか今夏ですけどね!
 ……はあ、今時宿が見つからなくて路頭に迷うとかないでしょうに。そもそも、行き先わりと都会だし、最悪ネカフェだってなんだってあるし……まあ、先輩なら疲れるとか嫌がりそうですけど。


「はいはい、わかりましたよ。適当に選んであげますから、条件あるならどうぞ」
「え? ホントに? いやあ悪いなあ」


 あなた全然そんなこと思ってないですよね、という無駄に爽やかな笑顔と共に差し出されたのは、やたら事細かに指定の書かれた紙切れ。こんなんで泊まるとこ見つかるわけないじゃないですか。旅慣れてないとかそういうレベルじゃないよこれ。


「旅行をなんだと思ってるんですかいったい……はいこんな感じでいいですよねもう決めちゃいました!」
「ん、ありがと」


 あれだけ散々悩んでたくせに、こっちがぱぱっと決めちゃったのをさっくり受け入れちゃうのはなんでかなあ、もう。考えるだけ無駄なんだろうけどさー。


「お土産は……ああ、ちょうど新刊の発売日だから、それでいいよね」
「いいわけあるか! どこでも買えるよそんなの!」


 えー、と口をとがらせつつ、読む本なくなると困るしなー何持ってこうかなー、なんて言ってる先輩は、たぶんひょっとしなくてもうかれてる。なんだかなあ……
 ま、でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ微笑ましいので許してあげます。お土産なんて別にいいですから、せいぜいきっちり楽しんできてください。うっかりでケガなんてしてこないように、気をつけて。
 いってらっしゃい。