『夜の王子と魔法の花』(渡海奈穂)

夜の王子と魔法の花 (ウィングス文庫)

夜の王子と魔法の花 (ウィングス文庫)

ひょんなことから異世界に飛ばされてしまったごくごく「普通の」少女・さちこと、その出自故に忌み嫌われ遠ざけられる暫定王・ディーレ。
二人の出会いと交流を描く物語は、決して派手ではないし、少し物足りないところさえあります。
がしかし、それに出会えて/読めて、幸せだなあ、と素直に思える、そんなお話。
地味なお話、といえば地味です。
取り立てて目新しいことはないし、主人公たるさちこはたいへん普通です。
ださくて垢抜けない、ということすらなく、普通、という単語がどこまでも似合うような。
だからこそ魅力的、なんて話もまたベタではありますが、それとも少し違って、なんだか、そう、とても懐かしい、そんな気がします。
旅立ちは図書室で、向かう先は見たことのない世界で、そこには「悪い王子様」がいて——多分、そういうことすべてをひっくるめて、懐かしいのかなあ、と。


そんなこんなの一編目は、もうちょっといろいろ見たかった、という物足りなさを抱えて終わるわけですが、そこで二編目。
タイトルが「扉の向こう側」。
……なにか、その響きだけで何がどうということもなくぐっときてしまった自分は、きっといろいろとおかしいと思いますが。
ともあれ、そんなタイトルの素敵な二編目で描かれる不器用なやりとりは、やはりこちらもじんわりと柔らかであたたかなそれ。
何も持たないということは、その意志さえあれば、これから何かを手にすることだって出来るという意味でもあり、別れのシーンもいつかまた二人が出会う未来に繋がっている、そう信じられる光景でした。
いいじゃない、愛の力。そうやって世界が回ると信じたって、ねえ?


面白いよ、と。
そうやって推す物語ではないかもしれません。
ただ、これは間違いなく自分にとっては「好きな」お話だったと、そう思います。