Something to do

「よかった、喜んでくれてるみたいね」
「言うたやろ? たまにはこういうのも必要やって」
 うんうん、と頷きながら優しげな笑みを浮かべる希の視線の先には、ずらりと並ぶ笹と、風に揺れる短冊。中庭で七夕を!、なんてアイデアを聞いた時は、こんな時に、そう思ってしまったけれど、思い思いの願いごとを吊す生徒たちの姿は、疑いようもなく楽しそうな様子だ。
「こんな時だからこそ、か。あなたの言う通りだったわね、希」
 学院の外にどうやってアピールしていくか、そればかりを考えていた私には、周りがまったく見えていなかったらしい。
 そう、ここは他でもない私たちの学校なのだ。
 何よりもまず、自分たちがこの場所を好きになって、楽しんで、だからこそ守って残していきたい、そんなふうに考えることをすっかり忘れていた。
「別に、そんなたいした話でもないけどな。えりちも普段だったら思いついとったはずや」
「そう……かしら」
「あのな、えりちはみんなのことちゃーんと考えられる人なんやって。それはウチが保証する。もっと自信もってええんよ?」
 今はちょっといろいろバタバタしとるからな、そう苦笑する希。
 ……ああ、もう。本当に、この出来た友人は私にはもったいなさすぎる。どうやったら、この信頼に応えられるんだろう。
「ほーら、また難しく考えとる。もっと楽に、素直に考えればええのに」
 あんなふうに、そう言って彼女が指差したのは。
「——アイドル研究部」
 周囲の生徒たちに比べて、ひときわ賑やかな一団。何がどうしてそうなったのかは分からないけれど、わざわざ自分たちで大きな笹まで持参して、飾り付けを始めている。
「まったく、何を……」
「まあまあ。折角のお祭りなんやし、大目にみて、な?」
 別にいいけど、そう返した言葉が不満げな響きをしていたからなのかどうなのか、それにな、と希は続ける。
「あの短冊な、それだけあの娘たちのこと見てる人が居る、ってことやと思わん?」
「それは……」
 私からすれば、脳天気とさえ言える笑顔で、笹の葉を見上げる彼女たち。
 だとしても、それを彩る七色の短冊の数は、私とは違う方法であの娘たちが答を見出そうとしている証拠にも思えた。
「綺麗やなあ」
「……そうね」
 そして、他の何を認めないとしても、そればかりはさすがに認めざるを得ない。風にそよぐ緑と、色とりどりの短冊は、思いの外綺麗だった。誰かの願いを映して輝く光、そんならしくもない表現さえ口にしたくなる。
「ウチは、あの七色にもう二色くらい足したら、もっと綺麗やと思ったりもするけどな」
「希?」
「ううん、なんでもないよ。……今はまだ、な」
「もう、なんなのよ。またカードの導きってやつ?」
 かもな、とはぐらかすように言った希は、けれどほんの一瞬、切実な表情を浮かべて——
「あとはウチの願いごと、かな」
 ——そう、微笑んだ。
「さ、えりちも願いごと書きに行こか」
「いいわよ私は……って、ちょっと希!」
「だから、素直になった方がええって! お祭りなんやから!」
 ああもう、乗せられてるなあ、そうは思うけれど、この手を引いてくれる彼女は、間違いなくかけがえのない友人だ。……なら、それについていくことはきっと間違いではないんだろう。
 だから。
 だから少しだけ、今は素直な『私』になってみよう。
 そう思いながら、私も彼女の背を追って駆け出した——