Are You My Friend ?

「平和ね……」
 久々に練習がオフの土曜の昼下がり、ぐでっと部室の机に突っ伏したにこ先輩が、そんなことを呟いた。
 平和、か。
 確かに、穏やかな秋の午後、一時期のどたばたを思えば、こんなふうにのんびり出来るのは、そう言ってもいいのかも。
「それにこしたことはないと思うんだけど?」
「まあ、にこだってその方がいいけど……ねえ、なんか面白いことない? 真姫」
「面白いことって言われても。だいたい、練習もないのに部室でぼんやりしてるのがよくないんじゃない?」
 ひとのことは言えないんだけど、なんて思いながら半眼で告げてみると、どうせ希も絵里も生徒会だし、とかなんとかぶつぶつ言っている。
「真姫だって、練習もないのにどうして部室に来たわけ?」
「それは……凛と花陽は元々約束があったっていうし、ここだったら誰かいるかもしれないって……」
 これは、もしや。
「ねえ、にこちゃん。私すっごくイヤなことに気がついちゃったんだけど」
「……にこも」
 視線が交錯する。
 この話題、これ以上続けない方がお互いのためだ、そんな予感がひしひしとしている。
「……やめない?」
「……イヤよ。アイドルには逃げちゃいけないときってのがあるの」
「今は別にそのときじゃないと思うんだけど」
「何言ってるのよ! 他にどんなときがあるっていうの?」
 知らないけど。はあ、アイドルってやっぱりよく分からないわね。
「もう、わかったわよ……それじゃ」
「せーのでいくわよ。——せーの」
 ああもう、知らないからね。
「「他に友達、いないわけ?」」
 ——2人で頭を抱える。
 ほら言わんこっちゃない。なんでこんなことしてるのかしら、私たち。
「はい、この話題はここで終わり! ……いいわよね」
「にこは後悔なんてしてないんだから。全然。ちっとも?」
「にこちゃん……ほら、まあ、友達だったら私がいるから。ね?」
「真姫……!」
 ってこれもなんなのよ、もう。にこ先輩といると、なんか調子狂うのよね、いつも。
「えーっと、それじゃどこか行く?」
「にこは別にどっちでもいいんだけどー、真姫がそう言うんなら、付き合ってあげてもいいかなーって」
 めんどくさい人だなホント……なんて思っていると。
「はいはい、ごちそーさん。いっつも仲良いなあ、2人とも」
「希!? いつから……」
「んっとな、友達がおるとかおらんとか」
「やーめーてー!」
 陸に打ち上げられた魚みたいにばたばたしているにこ先輩を見てると、なんだかこっちは逆に落ち着いてくる。不思議ね。
「狙ってたでしょ、希」
「あ、真姫ちゃんひどいなあ。うちは今来たとこやけど?」
「にしては、タイミングがよすぎると思うんだけど。またカードにでも訊いたの?」
 どうだか、と思いながら言ってみると、カードなあ、と意味深な視線を投げてくる希先輩。
「——真姫ちゃん」
「な、なによ」
「もしかして、本気で信じとったん?」
「本気でって……希!?」
 え、何よ、もしかして全部ただのブラフだったってこと? 今まであれだけやっておいて?
「なーんて言ったらどうやろ。信じる?」
「希……あなたね……」
「やめときなさいよ、言うだけ無駄なんだから。昔からこうなの、希は」
「ひどいなあ。うちはずーっとにこっちの友達やん」
 知らないわよ、なんて拳を振り上げてるにこ先輩だけど、その雰囲気はどこか気安いそれにも見える。
 ——あれ、なんだろ。
 どうして悔しいとか思ってるのかしら、私。
「まあ、でも今の一番の友達は私、よね」
「おお、言うなあ真姫ちゃん」
「別に……ってなんで赤くなってるのよ、にこちゃん」
「え!? そんな、にこ嬉しいなーっとか思ってないし!」
 いや聞いてないし。
 それにそんなこと言われると、なんか私の方も……
「うんうん、やっぱお似合いやね、お二人さん」
「っ……!」
 にやにや笑う希先輩に、何か言い返さないと、とは思うんだけど、何を言ってもカウンターが返ってくる気しかしない。ホントにこの人は……!
「でもなあ」
 けれど、そんな私をそれ以上からかうでもなく、希先輩はふっと優しい表情をにこ先輩に向ける。
「うちなあ、本当に嬉しいんや。にこっちにこうやって友達——仲間って言った方がええかもね——がたくさん出来て」
 それに、と今度はこちらを向いて。
「真姫ちゃんも、だいぶみんなにとけ込んでくれるようになったしな。ええことやって思うよ」
 ……まったく、これだから。頬が熱くなるのはもう誤魔化せないので、せめて視線だけは外そうとにこ先輩を見ると、同じような顔をしている。なんだか、なあ。
「ふふ、やっぱり似たもの同士や。ずーっと、にこっちと仲良くしたってな、真姫ちゃん」
「……それは、言われなくっても」
「そうよ! 余計なお世話なんだから!」
「みたいやね。さ、それじゃ行こっか。そろそろえりちも仕事片付けてる頃やろうし」
「なんか乗せられたみたいだけど……いいわ、行くわよ、にこちゃん」
「しっかたないわねー。にこも付き合ってあげる!」
 何が仕方ないんだか。まあ、そういうとこが、この先輩のかわいいところなんだけど。
 さて、と。
 それじゃ、行こうかしら、ね。