『アルトレオの空賊姫 暁天の少女と世界の鍵』(神尾アルミ)

アルトレオの空賊姫 暁天の少女と世界の鍵 (一迅社文庫アイリス)

アルトレオの空賊姫 暁天の少女と世界の鍵 (一迅社文庫アイリス)

舞台は空。
飛空艇、空賊、空軍。
はいこの辺でもうロマンですね。
でもここにさらに魔法ものっけます。
飛空艇は、人の精神を喰らって魔法へと変える魔石・ヴォーパルを原動力にして飛んじゃったりします。
最後は大盤振る舞い、ヒロインは記憶をなくした少女です。
これをロマンじゃないとして何をロマンと呼べばいいのか。


と、設定の話に終始してしまいそうですが、それはそれ、あくまで背景として。
軸になるテーマがシンプルで、そして力強くて、とても素敵。
あとがきでものすごくいい感じに補完されているのですが、ああそうだよね、と。
記憶をなくして、ひとり世界に放り出された少女。
生粋の飛空士として、破壊尽くされた精神をただそのためだけに再構築された青年。
何も持たない二人が、それでもただ一つ失わずに持っている、大切なもの。
「名前」。
それは他の誰でもない自分のものであり、また誰かに呼びかけるための唯一の手段。
名前を呼んで、ではなく、君の名を呼べば。
他愛のない二人の約束が、どれほど大切なものなのか、それがわかる瞬間の、文字通りに世界が開ける感覚。
あれは、彼と彼女の物語であると同時、読み手である誰かにとっての物語でもある、ような気もします。
たぶん、この人のお話はそういうものをさらりと織り込んで出来ている……のじゃないかなあ。
どうなんでしょうね。


などと、いささか抽象的で感情的な、きっと何物にもなれない何かみたいな話に終始したので、最後もそんな感じで。
読み終えた後。
黄昏に染まる、ないし朝焼けの空……は、生活サイクルによっては難しいかもしれないので、たとえばお昼休みにでも。
それが抜けるような蒼天ではないとしても、立ち止まって空を見上げてみたくなるような、そんなお話、でした。


例によって例のごとく、ここからまだまだ何処にだって飛び立って行ける物語なので、ぜひ続きがありますように。