空も飛べるはず
無理でした。
自転車では、飛べませんでした。
一瞬しか。
いや、前に飛んだのは初めてでした。ぽーんって。
奇跡の生還とまでは言わない。
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「あのさ、何がどうやったらそうなるわけ?」
うわ、先輩の声が堅い。それも無茶苦茶、というレベルで。約束の時間にちょっと遅れただけなのに。
「時間とかは別にいいよ。君が遅れるのって珍しいけど、そんなたいした用事でもないわけだし」
「じゃあなんで……」
「ホントに気づいてないわけ?」
そこ、と先輩が指さした先を見ると——あ。
「なんか血が出てるんだけど。あと、そこの自転車ひどいことになってるよね。それで『ちょっと遅れただけ』?」
「……ええとですね、これはその」
ケガの方はわりと本気で気づいてませんでした、とか言ってしまいたい気もするんだけど、そしたらもっと怒られるよね……困った。
「ああもういいよ、見てる方が気分悪くなるし! ほら、さっさと入れば? 消毒くらいならウチで出来るから」
「すみません……」
かなりマジな目をした先輩に、粛々と従うしかない僕なのでした。いやどう考えてもこっちが悪いんだけど。はい。
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「で、どういうこと?」
「どう、と言われても……自転車乗ってたんですよ」
「うん。それで?」
「まあ、転けました」
「……へぇ」
「それでもって、飛びました」
「飛んだ!?」
「前にぽーんと。いやあ、体重軽くてよかったです。この程度で済んだのは運がよかったって言うかなんて言うか」
あははは、と笑い飛ばそうとしたら、ぺちんと頭をはたかれる。ちょっと痛い。
「ばーか。ぼんやりしてるからだよ、気をつけてよねまったく」
傷口を乾燥させるパウダースプレーを吹きかけて、でっかい絆創膏を貼りつつ、ぶつくさとぼやく先輩。ホントにバカだよね、と言われても、さすがに今日は反論出来ない。自分でも何をどうやったらあんな何もないところで、あんな派手な転倒が出来るのかわからない。
「たいしたことなかったからいいじゃないですか」
「結果的にはそうだけどさ……でも一歩間違ったらどうなってたかわかるよね?」
「ええ、まあ」
「まあって……ただでさえひょろっとしてるんだから、そういうんじゃ困るんだけど!」
こいつはまったく、という顔で、こちらをじと目で睨んでくる先輩は……えっと、もしかして本気で心配してくれてます?
「はぁ……そこで自分が心配されるわけない、って思ってる辺り君らしいよね。もう!」
唸りながら天を仰いで、一回しか言わないからね、と続ける。
「君さ、絶対自分で思ってるよりいろんな人に気にかけてもらってるんだから、それはちゃんと覚えといて」
頼むから——真っ直ぐにこちらを見つめて先輩が言う。
そう、なんだろうか。僕にはそんな自覚は全然ないのだけれど。
「そ・う・な・の。はいこの話題はここまで! で、君が今日来た目的ってなんだっけ?」
「……先輩に、この間読んで面白かった本を貸すこと、です」
「よく出来ました。じゃ早速」
あとはいつもの通り、ぐだぐだとした他愛のない話と、黙々と本を読み散らかすだけの時間。
だけど、そんな当たり前の時間が過ごせるのも、先輩がいれてくれて、そして僕がいて、なの……かな、たぶん。
やっぱり、自信を持ってそう言い切ることは出来ないんだけど、少なくとも、先輩がそう思っていてくれるのであれば、感謝しないとダメだよね、絶対。
——ありがとうございます、先輩。
こんなヤツですけど、出来ればこれからも、よろしくお願いします。