落ちなくても書き続けることで

何か手に入るかもしれない。けど大抵何も手に入りません。
でもいいんです、僕は十割バッターより二割三分くらいのぼちぼち単打を打つタイプで。
しかし今日のはまるで落ちてないなこれ。



                                                                                    • -


 朝、ちょっと早めに学校に着いてのんびりと部室で読書。邪魔が入らない時間と場所は偉大だなあ、なんて思っていると、ぶいいぶいいと震え出す携帯。もう、いいところなんだけどなあ……


「もしもし?」
「風邪ひいた……」


 スピーカーから聞こえる、お手本のような鼻声の主は、言わずと知れた僕のろくでもない先輩その人である。引きこもることが多いせいか、時々がたっと体調崩すんだよなあ、この人。


「はいはいそれはお大事に」
「……なんか誠意とか優しさとかこもってなくない?」
「気のせいです。っていうかほしいんですか、それ」
「もらえるものはもらっとく主義なんだよ」
「もらうだけもらって、還元はしませんよね……」
「なんでそんなもったいないこと」


 覇気はなくとも、ああ言えばこう言う、まさに先輩。ここだけ聞くとホントにろくでなしだけど——もちろんそれは否定しない——トータルで見ると意外と人当たりがよかったりもする。もうちょっと全方位的に優しくてもいいと思うけどね!


「それで、なんですか? 欠席連絡なら自分でしてほしいんですけど」


 出来るだけ嫌そうにそう告げてみたものの、返ってきたのは、それは別にどうでもいいから、という返事。いいのか。いや、これ別口でもう連絡してるからいい、って意味だよね。きっと。たぶん。おそらくは。


「どうせ今部室なんでしょ? だったらさ、奥の机のとこ、積んである本があると思うんだけど」
「ああ、ありますね」
「それ今日読むつもりだったやつなんだ」
「……あの、まさか」
「借り物だから気をつけて持ってきてね!」
「じゃあ放置しないで下さいよ!」


 言うだけ無駄なんだろうけど、ここは抗議しておかないといけない。つけあがるからね。いやもうこれ以上ないくらいにつけあがってるんだけどさ! この人は!


「あ、あと例の新刊ももう出てるはずだからついでに」
美少女文庫を人に買わせないで下さいこのエロ魔王」
「なん、だと……? 病床の僕を美少女文庫買いに走らせようってのか……」
「病人は寝てなさいよ!」


 まったく何考えてるんだか。……まあ、この調子なら大事はないんだろうけどさ。


「部室の本は持って行ってあげます。美少女文庫はなしで」
「えー」
「えーじゃないです。で、他には?」
「ん、あとはいいや」


 ありがと、なんて言ってくる辺りは、やっぱりさすがにちょっと参ってるのかな、とも思う。けどまあ、別に優しくしてあげる必要は全然ないわけで、お見舞いの品なんて特になし。そもそもただの風邪なわけで。


「あ、そうだ」
「なんです?」
「最近面白かった本、何か一冊」
「だから、病人は寝ててほしいんですけど?」
「堅いこと言わないの、それだけじゃつまんないし」


 そっちの方が薬になるからさ、と笑う声は、相変わらず鼻声だけど本気の響き。どこまでもしょうがない人だよね、ほんとさ。


「無理して感想書くとか、そういうことしないなら持って行きます」
「いいじゃんそれくらい……」
「ダメです」
「けち。まあいいや、じゃあそういうことで、よろしく」


 はいはい、と。
 ——さて。これで中途半端なの持って行くと、また『ハッ』とかすっごい腹の立つ笑われ方しちゃうんだろうなあ。気合いを入れて選ばないと。そして、なんかくやしいけどこれはこれで楽しかったりして、先輩は先輩だなあ、と思ったりもする。
 僕もいつか、そんなふうに……なりたくはないけど、ね。