『六百六十円の事情』(入間人間)

六百六十円の事情 (メディアワークス文庫)

六百六十円の事情 (メディアワークス文庫)

それは、だいたいにおいて何でもない日々、なのだけれど。
どうしてどうして、こんなにも、愛おしい。


カツ丼一つ660円は高いか安いか、というのはともかくとして、『カツ丼は作れますか?』、そんなフレーズから物語はスタート。
何かありそうで、でもそれ自体には何もない。
なのに、どういうわけか誰もがそこを起点に、気がつけば昨日よりもちょっとだけ前向きになって、今日を生きている。
この妙なバランス感覚は入間節、だよねぇ……
こちらもいつのまにか乗せられていて、それこそ気がつけば彼らの視線で世界を眺めている、そんな感覚。
手を引いて連れ出してもらうでも、背中を押されておっとっとでもなく、なんとはなしに並んで歩いている、ような。


章ごとに見ると、やはり青春成分という意味で二章が光ります。
会話の内容は、まあ大概残念な感じなのですが、このかっこよくないドキドキ感と、じんわり味わい深い章題が非常によい感じ。
わりかしぼんやり気味ですが、四章も好きです。
特に他との絡みというか、書店のくだりが。
これもまた、じんわり。


全体的に、ゆるゆるとしたリンクしてるようなしてないような、ゆるい空気も魅力なので、六章は最初どうかな、と思っていたのですが、「意外と何とかなっちゃうんだよ」的なノリでなんとかしてしまうこの展開が、妙にすとんとおちてくる、という謎の安心感。
案ずるよりなんとやら、空いている手はやっぱり誰かと繋ぐためのもの、なんでしょう。きっと。


キャラクタで引っ張らなくとも(今作のキャラも変じゃないとはいいませんが)、こうやってきっちり魅せてくれるこの人は、これからどういう道をたどって、どこまで行くのか、が本当にいろいろな意味で楽しみです。