『空をサカナが泳ぐ頃』(浅葉なつ)

空を見上げることが少なくなりました。
働いていると、なかなか日中表に出ないもので、帰る頃には夕焼け小焼けもとっくのとうに通り越していて夜空に月。
青空をぼんやり眺める機会、というのは意識しないとやってこなかったりします。
——久しぶりに、見上げたくなりました。


などとよく分からない入りをしつつ、本書です。
くさくさしていた男が、非日常に巻き込まれたりちょっぴり暴走気味の周囲に振り回されたりしながら、自分を見つめ直して歩き出す話……そう言ってしまえばそれまでかもしれません。
でも、凪の状態から、ゆっくりと風が吹き始める光景、というのはやはり素敵なものだと思うのです。


ふとしたことから空を泳ぐ魚が見えるようになってしまう主人公。
これが幽霊だったり異界のものだったりすれば、それこそ右目の一つもうずいて大冒険でも始まるところですが、そんなことにはなりません。
なんせ魚です。
ちょっと気味は悪くとも(そりゃあ、どう考えても幻覚ですから)、食われるわけでもなし、なんとか現実的に解決すべく奔走し始める、のですが……
いつの間にか、どうも周りはちょっとズレた人ばかりに。
これがまた、変にポジティブだったりなんだったりで、どうにも振り回されっぱなし、ますますくさくさしかかります。
この辺はまあ、だよねぇと苦笑いしつつ、次どうするの?、と見守るわけです。


それが、中盤の辺りからゆっくりと風が吹き始めます。
そして気がつくわけです、ただ振り回されているだけだったはずが、気がつけばその手を引いてもらっていることに。
同時に、ぐるぐるとその場で回っていたのは自分だけじゃなかった、ということにも。


「魚」の意味するところは、実のところちょっとこっぱずかしい気もするくらいストレートなそれ。
でもどうしてか、すっと入ってきたんですよね、これが。
そうなんだろうなあ、と思っていて、その通りで、けれど感覚としては全然悪くない、むしろすとんと納得出来る、ような。
いいじゃん、これ。ねえ?


ラストシーン、ほっと一息ついて、空が見上げたくなります。
もちろん、そこには魚はいないのですけれど。